10年前の 2006 年7月 11日
「 聞いてくらんし佐渡事情 しなしな行かんか島暮らし 」 を枕詞にして
「 島の新聞 」 創刊号が発行されました。
編集長の長野雅子さんが、佐渡にUターンしたら‥地域の情報を伝える新聞がなかった‥。
そこで、長野さんは首都圏での編集の仕事をしていた経験を生かして、
「 島の新聞 」 を、有志とともに誕生させました。
佐渡からの発信と、地域への思いがつまった創刊号
佐渡に住んでいる人も知らなかった、島の歴史 ・ 芸能 ・神社・祭りの謂われ・文化の紹介や
合併したばかりの佐渡市の問題、朱鷺の話題など。
地域で活躍する人の活動を紹介したり、佐渡の暮らしに沿った話題などを、
キメ細かな取材を基に熱意のこもった紙面を作り続けてきました。
地元の友人達や同級生が中心となり、発行や購読者への発送作業、寄稿などを手伝って、
内容の深い新聞発行を重ねてきました。
・・・・・そして、2016年3月28日、
島の新聞は10年間の活動を、100号を区切りとして廃刊としました。
私たちは、2年前の88号から、島の新聞への記事の取材や投稿、編集、校正作業、事務所の留守番などの仕事を一緒にしてきました。
長野さんの想いを応援し続けてくれた“ 同士、戦友 ”である 仲間がお祝いと慰労の会をと、
区切りの100号までを無事に発送し終えて、
みんなで笑って納めの会をと、島の新聞に関係した仲間のみなさんが集まりました。
島の新聞は、佐渡の文化、民俗学的資料としても、貴重な記事ばかりです。
島の新聞の廃刊は、残念でなりませんが、
編集長の長野さんの見識あってこそ纏まっていた新聞であり、
内容の濃い紙面を保ってこられたのも、余人をもっては成し得なかったと思います。
最終号となった「島の新聞」の一面は、佐渡から世界へ。
佐渡からみれば、東京も世界もみんな海外‥と考えれば、
離島というハンデも、魅力にかえてしまおう・・・・といいつつ、
「先ずさらば本紙も昼寝致します」 と 相成りました。
2009年秋、佐渡へ移住。
「佐渡の特産を使い、昔から食されてきた柿餅を、佐渡のお菓子として多くの人に知ってもらいたい」という想いから、商品化に乗り出しました。
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