令和 2 年 3 月 21 日 9:30 小村小学校跡に集合。
荒磯山への登山を試み、義民 中川善兵衛を 羽茂 上山田集落で探し
《早春の菜の花畑と雪割草に会いに行く》・・・と盛りだくさんの予定。
前日から、何回確認しても天気予報は、午後から雨予報(>_<)
大丈夫かな?
雨具もちゃんと準備して集合。
出発してすぐ、荒磯山への急な山のぼりに挑戦。
垂直な山肌に向き合い、這い登る感覚で前進しました。
四方の荒磯が見える山頂に立つと、三角点があり、ようやく安堵と達成感。
海からは、山の姿がポコンと尖がって見えるので、荒磯山は、航海の目印にされて来たのだそうです。
別名をむくじ山(コブ鯛)と、親しみを込めて呼ぶ人も(^-^)
荒磯山が見える沖まで近づくと、船は帆を下げて静かに航海を続けたのだとか。
今日のコース
てくてく
行けども 行けども
手入れの行き届いた柿畑が続きます
春の喜びを感じます
てくてく
江戸の後期、全国的に不作が続いたが、佐渡はとくにひどかった。
佐渡國羽茂郡上山田、この地の農民、中川善兵衛は地区総代として
過重な課税・地役人の不正・専売制などの是正を求め、
訴状を役人に渡したが、その後捕らえられ江戸に送られた‥。
当時の農民の生活の苦しさは、いかほどだったことか。
上山田のみなさんは、地区の真ん中にお堂と墓石を立て
若きリーダーを祀っているのだそうです。
遠足では、午後に訪れましたが、
国道、羽茂村山バス停近くの気比神社には、
義民 善兵衛の碑と芭蕉の句碑( 荒海や 佐渡に横たふ 天の川 )が
並んで祀られています。
お昼は、上山田公民館で持参のお弁当タイム。
午後は雨の予報でしたが、明るく温かく晴れに(^^)/
元気をチャージできました 。
樹高 15 m、樹冠が整って品種の特徴を備えた「おけさ柿」導入の糸口となった木。
この木の種子が直接台木に用いられ、
現在のおけさ柿の礎を築いた記念すべき木‥とあります。
途中、会員のご親戚宅で熱々コーヒーでひと休み(^-^)
色とりどりの、可憐な雪割草も見せていただきました。
小さな鉢の管理は、水やりなど毎日の世話がいります。
実に楽しそうに案内して下さいました。
種から育てた雪割草 2年目の鉢
ひとつずつが異なって、和みます!(^^)!
ビニールハウスの中には、趣味で育てる花が咲き揃って、みごと( ^^)
色や形・八重など新しい花を造る楽しみもあるそうです。
佐渡ではファンの多い雪割草は、今が盛りの時。
樹齢は 140 年くらい。
南国のミカンが育ち、北国のリンゴが共に育つ佐渡。
気候の特殊性と、ミカンの原種に近いことから、
品種改良を研究する上で、保存されている貴重な上山田のミカン。
今日の遠足は、およそ 13,500 歩。
新型コロナの心配もあって、お互いが少しずつ距離を取るように意識しながら行動しました。
春を感じながらたっぷり歩き、羽茂の主産業である「おけさ柿」の歴史を知る遠足でした。
醤油搾りは、外での作業ですので、
晴れ予報の今日、3/25日を醤油搾りの日としました(^-^)
前日に、名水で知られる羽黒神社の参道入口にある
箱根清水を汲み、準備しました。
佐渡の搾り師、斎藤哲さんにお願いして
朝 9時30分 開始
あとひと回り大きな羽釜が欲しい‥。
今は二つの鍋でお湯を沸かしていますが、
安定して、効率よく作業できるので、探しているそうです。
搾りの準備ができました
発酵と熟成を待っての、一年。
袋に汲み入れ、船に丁寧に並べます
この方、斎藤哲さんは、醤油搾りを一から勉強して、
醤油を絞るために欠かせない「船」も自分で作りました。
仲間を募り、佐渡での醤油作りを広めてくれた人です。
そして、ただ一人の醤油の搾り師さんでもあります。
醤油の香りが立ちのぼり、リズミカルな音
生醤油を少し持ち帰って、早速お刺身などで(^-^)
最後の一滴まで大切に搾りました
☆。。。。。☆。。。。。☆
ここからは、搾った醤油の火入れ作業。
何度も醤油の濃度を計りながら
熱を加え、安定させる
浮いてきたアクを丁寧にすくい取る
熱が冷めるのを待って、今日の搾り作業は終了。
澱が沈むのを待って(およそ一週間)
瓶に移し換え、冷蔵庫に保存します。
☆。。。。。☆。。。。。☆
醤油の仕込みは・・・約 1 年前に遡ります。
原材料は、醤油麹・大豆・小麦・塩・水
毎月、手入れと観察
昨年の醤油の仕込みは、4 月 16 日でした。
天地返しは、最初は1週間に1回、やがて月に1~2回。
大切に育んできた醤油は、
大豆と小麦のおだやかな甘さを感じます。
何も加えない、自然の素材だけの
素にして上質の醤油ができました。
啓蟄を過ぎたとは言え、
海は白波が高い日が続いていました。
今日の水面は、凪いでおだやか。
キラキラと光り、美しく広がって見えました。
春を実感できる温もりで、体も心も軽くなりました。
生活していると、するべき時に、
しなければならないことがあって‥。
毎年、作っている“餅米入り塩こうじ” の、仕込み作業をしました。
餅米が冷めてきたら、糀を加えます。
毎日、混ぜていると
一週間ほどで、塩と糀と餅米が馴染んでしっとりしてきます(^-^)
小さな器に入れ変えて、保存します。
すごいね、糀クン。 “いい仕事していますね”
餅米入りの塩糀で
野菜を漬けたり、肉や魚を漬けると、
餅米のおだやかな甘さと上品な塩味を感じます。
☆。。。。。。。☆。。。。。。。☆
醤油も、仕込んでからもう直ぐ一年が経ちます。
毎月、天地返しをし手入れをしてきました。
醤油の、香りとなめらかさを感じます。
今月の末頃には、搾りをする予定。
出来上がりを、
楽しみにしているところです(*^^)v
☆。。。。。。。☆。。。。。。。☆
・・・と、呑気に綴っていますが、
世の中は、実に大変なことになっています。
問題は、新型コロナウイルスに罹った患者が増え続けていること。
似たような危機は何度もあったのに、経験の蓄積が生かされず
医療現場での検査体制の遅れ、感染拡大を防ぐ為の動きの鈍さを感じます。
Jリーグ・プロ野球は開幕戦を順延。高校野球も相撲も無観客で。
小・中・高、大学の卒業式も歓送迎会も中止に‥。
音楽LIVE・演劇・各種イベントが次々と中止。
公園・スポーツジムも閉鎖。
人の移動が減ったな~と、車の交通量を見て感じます。
友人の経営する食事処のお客様も⤵気味とか。
コロナ自粛、という言葉もできたそうです。
急に学校が休校になったことで、共働きの親はどうしたらいいのか。
留守の間の子供たちの安全を守るには‥昼食は‥何処で、誰が見守るのか。
“お年寄り”と呼ばれる世代になった私達ですが、親の介護も抱えていて、
風邪やコロナを持ち込まないことを、厳に注意して暮らしています。
若い現役世代の方たちは、職場の(上)から不要不急な集会などに参加しないこと‥
‥との、通達があったそうです。
小さな集まりですが、私達が幹事役で計画していた食事会(3/17)も、
先に延すことにしました(>_<)
日程を合わせて集まり、お話しをたっぷりして過ごす予定だったのですが。
いずれ落ち着いた時の楽しみとして、待つことにします。
緊急事態が、世界中で発生している今、
自分で注意できることと、他の人の為に協力できることを、
コロナの収束まで、考えながら生活すること‥とします。
一日も早く、普通に暮らせる日が戻ってきて欲しいものです。
夜明けの時間が、早くなってきたようです。
窓からの明るさで、自然と目が覚めるようになってきました。
早春の恵み岩海苔を、友人からいただきました。
佐渡では、“島ヘギ”とも呼ばれ、1 月 ~ 3 月頃に荒海の岩に付く天然海苔。
今年は暖冬でしたので、不作気味なのだそうです。
私たちは、味噌汁に浮かべて
歯ごたえや香りを楽しんでいます。
その他にはどんな食べ方があるのか、お尋ねすると、
「炭火に網を乗せ、炙って乾いたら揉む」と、海苔ふりかけに。
「つくだ煮にすると、食感がいいよ」と、教えてくれました。
なんと、季節限定のご馳走(*^^)v
大好きなイカ。
ほぼ一年中、作り立てのイカの塩辛はいただけますが、今はヤリイカ。
スルメイカ・アオリイカの季節もあって、甘さや食感の違いを楽しめます。
「炒ってあるからね。直ぐ食べられるよ」
小粒のピーナッツは、「薄皮も一緒に食べた方がいいよ」
塩味無しなので、ついつい止まりませんでした(^^♪
晩酌に合う、おつまみが嬉しい。
旬をいただく幸せ、素にして上質のご飯。
ここしばらく、佐渡で見かける多くのお地蔵さまが気になって
立ち寄って、見るようになりました。
そもそも、お地蔵さまって?
いろいろ調べてみました。
お地蔵さまは「地蔵菩薩」と呼ばれ、
地蔵の「地」は大地を、地蔵の「蔵」は包み込むことを、
意味しているそうです。
お寺のお堂だけでなく、お墓や道路の道筋、田んぼのあぜ道など、
いろんな場所で私たちを見守ってくれ、
最も弱い立場の人の苦しみを、真っ先に救って下さる‥と、信じられていました。
私たちに寄り添ってくれる、馴染み深い地蔵菩薩。
国道350号線沿いの、海を見下ろす小高い斜面沿いに上って行きます。
真野・椿尾地区の 六地蔵
丸~いお顔のお地蔵さまは、「子供の守り神としての信仰」があり、
子どもが喜ぶ、お菓子やおもちゃが供えられます。
椿尾の名工、(安藤五兵衛作)
六地蔵と七観音が同じ小屋にいるのは珍しく、
以前は野ざらしでしたが、
「立派な六地蔵が可哀そうだ」と、ここを訪れた篤志の方からの寄付があり、
村人が総出で、ブロック作りの収容小屋を建てられそうです。
手前の、七番目の観音さまが写っていませんが‥(>_<)
椿尾の名石工 (中川重太郎)(善平)の名が残されているそうです。
気品ある面ざしのお姿です。
台座には椿が刻まれているのが特徴( ^^)
佐渡の各地に、石仏信仰の石塔が街道沿いに見られます。
看板前で縁起について読んでいる時、知り合いが通りかかりました。
会釈して別れたのですが、程なく
「せっかく興味をもって来て下さったのですから、私の知っていることを説明しますね」と、
笑顔でUターンして下さいました。
お地蔵さまを自慢に思う、地元愛を感じました(^-^)
斜面の石仏達は、極楽浄土のあるという西の方角を眺めて並んでいます。
江戸時代より前の佐渡にあっては、田畑が狭く生産は極度に不安定な時代がありました。
人々は死後に、来世は極楽浄土に生まれ変われるよう祈るしかなく、
地蔵は身代わりとなって、来世への導きへの願いを叶えてくれる‥
心のよすがとなっていたようです。
ここ椿尾石(花崗岩)は、柔らかく細工し易いため、多くの石仏が彫られました。
隣の集落の羽茂・小泊石(石英安山岩)は、硬いため、
金の鉱石を砕く石臼として使用されたり、生活の必需品の石臼が作られた時代がありましたが、
次第に使われなくなったために、
小泊白山神社に奉納され、この塚となりました。
一緒に佐渡を歩きましょう‥の意 でも紹介されています。
石見銀山で使う石臼も、佐渡から送られたそうです。
☆。。。。。。☆。。。。。。☆
佐渡のお地蔵さまを、インターネットで検索すると
まずヒットするのが、真野・梨の木地蔵。
赤泊線で、真野から 15 分ほど入った静かな山の中にあります。
周りには一面に、小さなお地蔵さま達
入口には、笑顔の夫婦地蔵も。
本尊の石地蔵は、漁師が海中より拾い上げたものを、
ここ、梨の木(地名です)に移し、納められたそう。
この地蔵さまは、子供の病気平癒を必ず叶えてくれる‥と言われ、
願かけに訪れる人が絶えません。
願いが成就すると「身がわり地蔵」を持参するのだそうです。
何千何万ものお地蔵さまが、境内せましと並んでいます。
祈りは届いたのでしょうか。
花のお供えが絶えない、梨の木地蔵。
人里離れた山の中なのに、何故かいつも人の気配がする空間です。
貧しかった人々の、いつも祈りの傍にあった慰めの仏さま。
今も、大切に守られているお地蔵さまばかりでした(^^)/
2009年秋、佐渡へ移住。
「佐渡の特産を使い、昔から食されてきた柿餅を、佐渡のお菓子として多くの人に知ってもらいたい」という想いから、商品化に乗り出しました。