遅くなりましたが、振り返って。
旅の思い出を(*^_^*)
農作業も一段落し、気候も穏やかで丁度いい頃になったら、
気の合った仲間で旅行をしようと誘っていただき、バスで長野へ。
大人の遠足 6/20~21の一泊二日旅。 爺&婆 総勢17名で早朝に出発。
以前に善光寺に来たのは、豆蒔きが行われるという真冬の日でした。
本堂の床下に入り漆黒の闇の中を進み、ご本尊とつながるという錠前に触れる胎内めぐり。
自分の病気や、治したい所に触れ、効き目を期待して “びんずる尊者” を撫で撫で。
善光寺さんの周りを囲む木々の大きな幹も、みごとな枝ぶりも見えず‥
本堂の歴史を重ねた静けさと、装飾のない豊かな美しさにも気づかず‥‥
来て、観た、つもりになっていたようです。
もったいないコトをしていました‥(>_<)
初回には気づかずにくぐった山門の額に、“ 鳩や牛の顔 ” が見えてきました。
旅は二度目が楽しいと言われるのは、新しい小さな気づきがある、コノことなのかな。
泊まりは、白骨温泉・湯本齋藤別館で。
硫黄の匂いと白濁の露天のお湯へ。
まだ、まだ たくさん(^u^)
ゆったりとした時間と、山の宿のご馳走。
旅の仲間とのおしゃべり。 非日常を味わいました。
二日目は
新緑の美しい山を登り、長めのアプローチを辿って無言館へ。
その昔、美術を志した多くの学生達が第二次大戦のため、学徒動員されました。
残された作品を収めた、美術館。
館内は撮影ができないため、写真はありませんが、
暗めの照明の中を、絵の脇に添えられた説明を読んでは作品を見てまわりました。
一つの作品ごとの思いが、観る者に突き刺さってくるような静かな館内。
すすり泣きの聞こえる美術館 無言館
美大生は、卒業制作として自画像を残すことが慣例だそうですが、
どの自画像も真っ直ぐに前を向いて、こちらを見つめてきます。
戦争ゆえに、自分の希望する道を進めなかった若者達の声なき声が聞こえてきました。
絵筆がコンクリートに埋め込まれ、届くあてのないポストが傍に置かれていました。
純粋で無欲な若者たちを思うと‥誰もが静かに館を後にしました。
作品の制作過程での逸話などを紹介した本を、手分けして買い求め、交換して見ようということにしました。
絵を描く喜びを、あの戦争によって奪われてしまった、画学生たちの声なき声。
願いと祈り、無念さ、家族への想いなど。
無言館へのアプローチには、戦没画学生の慰霊として、
無言館への収蔵の有無にかかわらず、学生たちの名前が刻まれた「記憶のパレット」が設置されています。
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お昼ご飯は、自由に好きなものを。 信州・上田のルヴァンさんで。
東京・富ヶ谷のルヴァンさんで作品展を開き、店主の甲田さんと友人の若林さんに案内していただき、国産小麦を天然酵母で、しっかり焼いた香りも満足感も充実のパン&スープのお昼メニューを。
また別の先輩は、この通りの有名な蕎麦店<おお西>で、長野の友人と待ち合わせという。
お土産を探したり、自由時間もあって、さらに楽し(^_^)v
この遠足には、ベテランのガイドさんが同行し案内をして下さったので、旅の見どころや歴史なども予習できました。
車内では、みんなとお話ができ、お昼寝もできて、のんびり楽チン旅となりました。
元気はつらつの爺&婆たち、2日間の遠足で、2歳半ほど若返って、
佐渡に戻ってきました・・・ちゅうわ。
2009年秋、佐渡へ移住。
「佐渡の特産を使い、昔から食されてきた柿餅を、佐渡のお菓子として多くの人に知ってもらいたい」という想いから、商品化に乗り出しました。