身近にある素材を使って自分流の惣菜を作る。これが楽しい。

初めていただいて、驚いたのが “ 南蛮菜 ナンバンゼー ”です。

辛いピーマン・赤とうがらしと米糀と醤油を、1:1:1で漬け込み、米糀の発酵により全体が馴染むまで待ちます。これだけの手順で、和製豆板醤の出来上がり (^。^)

南蛮菜 醤油 米糀 ししとう・ピーマン

南蛮菜 醤油 米糀 ししとう・ピーマン

3~4?ケ月間くらいで美味しくなる、・・・らしい。

刻んだピーマンを覗き込むと、目がチクチクする程に唐辛子を入れます。

羽茂地区のお母さん達は冬の間、この調味料を色々に使いこなしています。

湯豆腐にのせて。 アツアツのご飯にのせて。一番のおすすめは、マーボ豆腐にど~ぞ。

ニンニク・生姜・ねぎ・鶏肉などを刻み、豆腐に合わせるまではいつも通りに準備します。

味の決め手は、隠し味の味噌少々と、南蛮菜 (ナンバンゼー) で。大人の味です。

秋も深まり、畑の作物の取り込みがいよいよ最終段階になってきました

収穫の風景

そば畑 茎がきれいに色ついて

そば畑 茎がきれいに色ついて??

はざ木の蕎麦

そばを干して

そばを干して

あずき

あずき

あずき

時間をかけて育てた穀物を、はざ木に掛け、時間をかけて干す。

お母さん達は、欲張らずに少しばかりを作る。

本当の楽しみの日のために、そして大切なお客様のおもてなしをするために、手作りのお料理を準備します。

佐渡の特産品は?と聞かれたら?

迷わずに、佐渡の認証米;コシヒカリ と おけさ柿 ?と答えます。

稲刈りを終えた田んぼは、静かで穏やかな風景に見えます。

収穫が無事にできた事に安堵と感謝の思いです。

稲刈り終了 国仲平野

ころころ 稲藁

刈り取ったばかりの稲藁は、甘い香りがします。

収穫の喜びが、稲の香りが好きと思わせるのかな?

続いては、佐渡の特産品のおけさ柿の収穫が始まりました。

素直に育ったおけさ柿美人の条件は、ふっくら・色艶のいい柿色であること。

おけさ柿 ふっくら四角 いろ艶よし

マルチ お陽さまの光を下からも反射して

柿畑 柿色たわわ

柿の収穫は、今始まったばかり。順調に育っています。

柿農家は、嬉しい忙しさに追われる日が続きます。

小さな道の駅 “寄れっ茶屋”の活動を、ご存じでしょうか?

佐渡に観光に来られた方や、通りがかりの方が少し休みたい時・道を尋ねたい時・トイレを借りたい時などに遠慮なくお寄りください。

目印は、“寄れっ茶屋” 紺色地の旗。

真野の新町まつりに協賛して、手打ちそばや地元のお母さん方の手作り料理をお祭りにきた人たちに召し上がっていただきました。

まつりの賑わいに 手作りおやつ

休憩や町の情報 お話しましょう 

おいなり 笹団子 佃煮 家庭の味をど~ぞ

トイレ 休憩 町の案内など 寄ってみてね

佐渡の福祉“ゆい”は、福祉・介護・子育て・支え合いなどを通じて地域の茶の間として活動しているNPO法人です。

皆さんも、是非一度、おでかけください。

真野新町まつりが、10月9日・10日、秋晴れの両日にありました。

新町は佐渡金山が盛んに荷を積み出していた頃、「金の道」 新町宿として交通の要であった所。

人や物資が賑やかに往来し、文化の吸収が盛んで町が栄た時代の、旧家が残っている町です。

当日は、旧家が解放されて、お庭や所蔵の掛け軸・絵画・器などの骨董が公開されました。

形式ばらずにお点前をいただける、お茶会の席も用意されて毎年好評です。

新町の中心地にあり、「本陣」を務めた旧家、山本家をお訪ねしました。

荏川草堂 (じんせんそうどう)

家名 通称「おもや」

部屋に座れば、古木が大切に手入れされ、温かみを感じる美しい簡潔なお庭。

紹介の許しを得て、撮影させていただきました。

蘇鉄 百年を超える古木

蘇鉄 百年を超える古木

モミの木

モミの木

ざくろ 句碑2句

ざくろの古木に実をつけて 誓子と楸邨の句碑

ご用意くださった資料

ご用意くださった資料

お父様の山本修之助先生は、郷土史家として佐渡の歴史資料の保存に努められた方。

佐渡の文化を重んじ、掘り起こしを熱心にされて、多くの著書を残されました。

佐渡を訪れた文化人の多くは、旅館に宿をとらず、山本家に逗留して、厚いもてなしを受けられたそうです。 (町の人による話)

家の中には多くの文化的資料が保存され、ひとつ一つをご当主の修巳先生が、丁寧にご説明下さいました。

自分は、山本先生に教えを受けた生徒だった、と言う人は島内には数えきれないほどいるはず。

多感な高校時代に、文学の楽しさや古文の基礎を教えていただいた、私も、その一人です。

ほぼ40年ぶりにお会いして、お話を伺うことができ、楽しいひと時でした。

佐渡の柿餅本舗

2009年秋、佐渡へ移住。
「佐渡の特産を使い、昔から食されてきた柿餅を、佐渡のお菓子として多くの人に知ってもらいたい」という想いから、商品化に乗り出しました。

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